飯台(寿司桶)の手入れ|板場で仕込まれたのは、洗い方より乾かし方だった
家で小さな桶を買った。
酢飯を混ぜるためではなく、ただ手元に置いておきたかっただけだ。
板場で毎日触っていた道具は、二十年経っても手が忘れていなかった。
ホームセンターの隅で、小さな木の桶を見つけた。
酢飯を混ぜる飯台の、ミニチュアみたいなサイズだった。
別に使い道があるわけでもないのに、気づいたらレジに持っていっていた。
家に帰って棚に置いてから、あれは何年ぶりに触った木の桶だろうと考えた。
板場を離れて、もうずいぶん経つ。
それでも手のほうは、桶の縁の丸みを覚えていた。
板場では、桶は「乾かし方」がすべてだった
飯台は、酢飯を切るためだけの道具ではなかった。
さわらの木でできていて、水分をほどよく吸ってくれるから、米がべたつかずに仕上がる。
道具というより、米の状態を整えてくれる相棒に近かった。
教わったのは、洗い方ではなく乾かし方だった。
使い終わったらすぐに水で洗い、水気を布で拭き取る。
そのあとは天日ではなく、日陰でゆっくり乾かす。
急に乾かすと、木が反ったり割れたりする。
刃物の手入れで教わったのも似た話だった。
研げばいいわけではなく、使ったあとにどう乾かすかで長持ちが決まる。
桶も刃物も、扱う瞬間より、扱い終えたあとの時間のほうが長い道具だった。
生乾きのまま棚に戻すと、カビの匂いがつく。
それを一度やってから、乾燥用にアルコールを霧吹きで吹きかけることも覚えた。
拭き取りに使う布も、板場では決まった一枚しか使わせてもらえなかった。
布のことで書いた、役割を混ぜないという考え方は、この桶の扱いから来ている。
畑では、桶はプラスチックのたらいに変わった
農業をやっていた頃、桶と呼べるものはほとんどがプラスチックのたらいだった。
収穫した野菜を放り込み、泥を落とし、そのまま水を張って一晩置く。
木の桶のような繊細な扱いは要らなかった。
割れない、腐らない、放置しても平気。
便利だったが、味気なくもあった。
道具が長持ちする代わりに、道具に対する気の遣い方のほうが先に消えていった気がする。
量りの使い方を教わったときと、少し似ている。
秤のことで書いたが、板場の量りは数字を出すための道具というより、感覚を確かめるための道具だった。
畑の道具は逆で、感覚より結果を早く出すことのほうが優先されていた。
どちらが正しいという話ではなく、道具に求めているものが違っていた、というだけなのだと思う。
トラックでは、桶を持たない時間が長く続いた
長距離の運転をしていた頃は、桶と呼べるものを積む場所がなかった。
洗車用のバケツを荷台の隅に転がしていたくらいで、それも本業のためではなく、たまの休憩でタイヤ周りの汚れを落とすためだった。
桶がないというのは、思っていたより不便ではなかった。
道具を持たない身軽さに、途中から慣れてしまったからだと思う。
その代わり、何かを浸けておく、寝かせておく、という時間の使い方をまるごと手放していた。
板場では毎日、飯台の中で酢飯が冷めていく時間があった。
畑では、たらいの中で泥が沈んでいく時間があった。
トラックの日々には、そういう「桶の中で何かが進んでいく時間」がひとつもなかった。
いま、小さな桶を選び直した理由
棚に置いた小さな桶を、結局は使っている。
週末にだけ、少し多めにご飯を炊いて、この桶で混ぜる。
酢飯を作るためというより、あの「乾かし方」の手順を、もう一度自分の手でなぞりたかったからだと思う。
洗って、拭いて、日陰に置く。
たったそれだけの手順を守るだけで、道具が急に長生きする。
プラスチックのたらいでは、この手間そのものが要らなかった。
手間が要らない道具と、手間をかける前提の道具、いまの暮らしには両方あっていいのだろう。
桶は、道具ではなく間合いだった
飯台を思い出しながら気づいたのは、あれが単なる容器ではなかったということだ。
米と自分のあいだに置く、時間を稼ぐための道具だった。
急いで混ぜれば米がつぶれるし、混ぜなければ酢が回らない。
桶の大きさと木の性質が、ちょうどいい間合いを勝手に作ってくれていた。
プラスチックのたらいにはその間合いがなく、トラックの日々にはそもそも桶がなかった。
いまの小さな桶は、道具としては大げさすぎるくらい小さい。
それでも週末の数十分、木の匂いと湿った手触りの中に戻れるなら、棚の場所ひとつぶんは安いものだと思っている。