ふきんの臭いが取れないときは煮る|板場で最初に直されたのは、洗い方ではなく絞り方だった
洗剤を変えても、柔軟剤を足しても、夕方には戻ってくる。
匂いは布の質ではなく、湿っている時間の長さで決まっていた。
台所のふきんが、洗っても匂う。
洗剤を変えて、柔軟剤を足して、それでも夕方には戻ってくる。
しばらくのあいだ、僕はこれを布の質の問題だと思っていた。
安いのを買ったからだろう、と。
ちがった。
布のせいではなくて、僕の手の動かし方のせいだった。
そのことを、二十歳そこそこの頃に一度教わっていたのに、家に帰ってから全部忘れていた。
板場では、布を混ぜなかった
調理場に入って最初に驚いたのは、布の枚数だった。
台を拭く布。
皿を拭く布。
手を拭く布。
包丁を拭く布。
それぞれ置き場所が決まっていて、絶対に混ざらない。
うっかり皿用で台を拭くと、後ろから声が飛んでくる。
汚いから、という理由だと思っていた。
半分は当たっていて、半分は外れていた。
役割を分けると、一枚あたりが濡れている時間が短くなる。
一枚で全部やろうとすると、その布はずっと湿ったままになる。
匂いは、汚れの量ではなく、湿っている時間の長さのほうで決まっていた。
最初に直されたのは、洗い方ではなく絞り方だった
板前さんに言われたのは、洗い方の話ではなかった。
「絞りが甘い」だった。
僕は両手で握って、水がぽたぽた落ちなくなったところでやめていた。
それだと、まだたっぷり残っている。
教わったのは、細長くねじる絞り方だ。
布を縦にひとまとめにして、棒みたいにしてから両手を逆向きにひねる。
握って絞るのと、ねじって絞るのとでは、出てくる水の量がまるで違った。
絞ったあとは、畳まない。
開いて掛ける。
畳んだまま置くと、そこだけ何時間も乾かない。
この二つだけで、匂いはずいぶん減る。
洗剤を変えるより効いた。
それでも匂いだしたら、洗うのではなく煮る
いったん匂いがついた布は、普通に洗っても戻らない。
繊維の奥に住みついているので、表面を洗っても意味がないからだ。
調理場でやっていたのは、煮ることだった。
鍋に湯を沸かして、数分入れる。
それだけで、あの生乾きの匂いが消える。
家では、酸素系漂白剤を溶かした湯につける手もある。
五十度くらいの湯に溶かして、しばらく置く。
塩素系より匂いが残らないので、口に触れるものを拭く布にはこちらのほうが気が楽だ。
気をつけているのは二つ。
熱に弱い素材や、色柄物には使わない。
それと、煮たあとはちゃんと乾かしてからしまう。
ここで畳んで放り込むと、せっかく煮た意味がなくなる。
さらしを使うようになった理由
いま家で使っているのは、反物のさらしを切ったものだ。
もともと調理場で使っていたのがこれだった。
一本の長い布を、必要な長さで切って使う。
いいのは、薄いから乾くのが早いこと。
そして、だめになったら切って捨てられること。
ちゃんとしたふきんを買うと、汚れても捨てにくくなる。
捨てにくいから使い続けて、匂いだして、それでも捨てられない。
僕は何度もこれをやった。
反物なら、その気持ちが働かない。
雑巾に落として、最後は捨てる。
布を長く使うより、布が湿っている時間を短くするほうを選んだ、ということだと思う。
蚊帳の生地を何枚か重ねたふきんも、理屈は同じだ。
厚い一枚ではなく、薄い層を重ねてある。
吸うのに乾きが早いのは、そういう作りだからだ。
いま、家と車でやっていること
家では三枚を回している。
使ったら絞って、開いて、掛ける。
夜のうちに一枚は必ず外に出す。
外に持っていくときは、もう少し雑になる。
キャンプ場には干す場所がないし、あっても夜露で朝には濡れている。
だから、使った布は畳まずに椅子の背に広げておく。
そして帰りの車では、ビニール袋に入れて口を縛らない。
縛った袋の中で一晩過ごした布は、家に着く頃には手のつけられない匂いになっている。
これも、汚れの話ではない。
時間の話だ。
ふきんの匂いに悩んでいた頃の僕は、ずっと洗剤売り場で解決しようとしていた。
答えは、絞る手と、掛ける場所にあった。
教わっていたことを、二十年かけて思い出した、というだけの話ではある。
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