たわしの選び方|板場は硬く、畑は柔らかく。使い分ける理由を教わった
シンクに置いてある二本のたわしを、何も考えずに使い分けていた。
かたいのは板場で、やわらかいのは畑で覚えた。
その理由を、今になって思い出している。
シンクの隅に置いてあるたわしを、何も考えずに掴んで鍋を洗おうとしたら、思ったより硬くて手が止まった。
棚にはもう一つ、柔らかいたわしがある。
いつからか僕は、洗うものによって二つを無意識に使い分けていた。
板場では、硬いたわしが正義だった
寿司屋で最初に渡されたのは、パーム(ヤシの実の繊維)でできた黄色いたわしだった。
鉄鍋の焦げつき、飯台にこびりついた米粒、おろし金の目に詰まった大根おろし。
繊維の先が硬いぶん、こすり取る力が強い。
まな板の包丁傷やザルの網目は、スポンジでは届かない。
面で洗うスポンジに対して、たわしは一本一本の繊維の先で点を突くように洗う道具だと、洗い場担当の先輩に教わった。
道具を変えるのではなく、洗い方の種類を変えているのだと思うと、腑に落ちた。
畑では、同じたわしを使うと野菜が傷んだ
実家の畑を手伝っていた頃、収穫したごぼうや大根の泥を板場と同じ硬いたわしで落として、表面を傷だらけにしたことがある。
祖母に取り上げられて渡されたのが、棕櫚(シュロ)でできた茶色いたわしだった。
棕櫚は繊維が細く、コシがありながらしなる。
泥はしっかり掻き出すのに、野菜の皮までは削らない。
使い始めは繊維から茶色い粉が出て最初は汚れかと焦ったが、棕櫚そのものの色だと後から知った。
硬さで選ぶ板場と、しなやかさで選ぶ畑。
同じ「たわし」という名前の道具なのに、選ぶ基準がまるきり逆だった。
トラックの中には、たわしを持ち込まなかった
長距離を走っていた頃、車内に洗い物の道具を置く発想がそもそもなかった。
食事は使い捨ての箸と容器、汚れた手はウェットティッシュで拭くだけ。
それでも助手席の小物入れに、小さなたわしを一つだけ入れていたことがある。
荷台のロープに絡んだ泥や、靴の溝に詰まった土を落とすためだった。
洗うためというより、次の作業に汚れを持ち込まないための道具として、たわしを使っていた。
いまは、シンクに一つだけ置いている
デスクワークが中心の今も、たわしは捨てていない。
置いているのはシュロのほうだ。
鉄のフライパンも、木のまな板も、力任せにこすらずに済む。
板場にいた頃のように何十本も使い分ける必要はもうないが、硬さの違う二本を触り比べるだけで、あの頃どちらを選んでいたかが手の記憶で分かる。
道具は捨てても、選び方の癖だけは残るものらしい。
結局、たわしで覚えていたのは硬さの見極めだった
板場は硬さでこすり落とす力を、畑はしなやかさで傷つけない加減を、教わっていた。
トラックでは道具そのものより、汚れを持ち込ませない習慣を覚えた。
いまシンクの前に立つとき、僕が選んでいるのはたわしの種類ではなく、目の前のものにどれだけ力をかけていいかという加減なのだと思う。
たわしはそれを思い出させるための、小さな目盛りのようなものだ。
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