石鹸の選び方|板場・畑・トラックで、洗うものが全部違っていた
洗面台の石鹸が、いつのまにか二個に増えていた。
板場で使っていたのは無添加のもの、畑で使っていたのは油汚れを落とす強いものだった。
同じ「洗う」でも、石鹸に求めるものはまるで違っていた。
洗面台に、石鹸が二個並んでいることに気づいた。
一つは家族が買った香りのいいもの、もう一つは板場にいた頃から使い続けている無香料のものだった。
同じ「石鹸」という棚の中に、まったく違う理由で選ばれたものが並んでいる。
板場では、香りのない石鹸しか使えなかった
生魚を扱う仕事は、手についた匂いをどう消すかが仕事の質に直結する。
香り付きの石鹸で手を洗うと、その香りが刺身にも寿司飯にも移ってしまう。
先輩に教わったのは、香料も着色料も入っていない、汚れと匂いだけを落とす石鹸を使うことだった。
水仕事で手荒れしやすい肌だったので、洗いすぎて指先がひび割れることもあった。
それでも道具を選ぶのと同じ感覚で、石鹸だけは無添加のものを選び続けていた。
畑では、石鹸に強さを求めていた
畑仕事のあとの手には、泥と、農薬や堆肥の匂いと、作物の汁がしみ込んでいる。
板場で使っていたような優しい石鹸では、その汚れは半分も落ちなかった。
細かい粒子入りの石鹸や、油汚れ用の強い石鹸に持ち替えたのはこの時期だった。
手が荒れることは承知のうえで、まず落とすことを優先していた。
板場では守るための石鹸を選び、畑では落とすための石鹸を選んでいたことになる。
トラックでは、石鹸を選ぶという発想自体がなかった
長距離の仕事をしていた頃、洗面所があるとは限らなかった。
サービスエリアや道の駅に備え付けてある石鹸を、何も考えずに使うだけだった。
自分で石鹸を選べるということが、実はどれだけ恵まれた環境かを、この時期に知った。
選ぶ余裕がないと、道具は選ぶものではなく、そこにあるものになる。
いまは、昔ながらの一個に落ち着いた
デスクワーク中心のいまは、一日に何度も手を洗う。
香りも強さも求めなくなり、結局選んだのは実家にもあったような、昔から変わらない定番の石鹸だった。
板場の無添加、畑の強力タイプ、いまの定番品。
三つとも同じ「石鹸」という名前で棚に並んでいるのが、考えてみると不思議だ。
石鹸は、何を落としたいかを映す道具だった
板場・畑・トラック、いま。
四つの場所で、石鹸に求めていたものは毎回違っていた。
汚れを落とすという同じ動作の中に、それぞれの仕事の事情が滲んでいたのだと思う。
手について書いた話はこちらにも残している。
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