ほうきの選び方|板場・畑・トラックで、掃くことの意味がそれぞれ違っていた
棚の隅に、掃く道具が三本ある。
板場で覚えたシュロほうき、畑で覚えた竹ぼうき、いまの卓上ブラシ。
掃く場所ではなく、掃くことの意味がそれぞれ違っていた。
朝、店の前を掃いていた頃の癖が、いまも抜けない。
掃除機で十分なはずなのに、僕は部屋の隅に小さなほうきを置いている。
数えてみたら、家にあるほうきは三本あった。
板場では、シュロほうきで一日を締めた
閉店後の掃き掃除は、板場の一日でいちばん最後の仕事だった。
床は板の間で、まな板のくずや米粒、細かい木くずが落ちている。
使っていたのはシュロ(棕櫚)のほうきで、繊維がやや硬く、油分を含んでいるぶんホコリを舞い上げにくいと教わった。
掃く順番も決まっていた。
奥の厨房から入口へ向かって掃き寄せ、最後にちりとりで受ける。
逆から掃くと、せっかく集めたゴミを踏み散らかしてしまうからだ。
掃除というより、店を閉じるための儀式に近かった。
畑では、竹ぼうきの役目が違っていた
実家の畑を手伝っていた頃、使っていたのは竹ぼうきだった。
シュロよりも穂先が硬く、土や落ち葉、刈った草を外へ掃き出すための道具で、室内のほうきとは求められる強さが違う。
畳やフローリングなら傷めてしまう硬さが、外の土間や庭ではちょうどよかった。
畑の掃除は、集めるためというより均すためのものだったと思う。
出荷前のコンテナに落ちた土を払う、通路にこぼれた種を掃き出す。
きれいにするというより、次の作業をやりやすい状態に戻す、という感覚だった。
トラックには、ほうきを積んでいなかった
長距離を走っていた頃、車内に掃除道具を積むという発想がそもそもなかった。
荷台の隅に溜まった泥や紙くず、割れた梱包材は、休憩のたびに手で払い落とすくらいで済ませていた。
それでも出発前には、必ず荷台の中を一度見回していた。
掃くためというより、次の荷物を積む前に空にしておくための時間だったのだと思う。
ほうきが無かった代わりに、掃く動作の意味だけが残っていた。
いまは、卓上の小さなブラシに落ち着いた
デスクワークが中心のいまも、掃除機だけでは足りない場所がある。
キーボードの隙間に溜まる消しゴムのかすや、机に落ちたパンくずは、掃除機のノズルより小さなブラシのほうが向いている。
板場のシュロほうきほどの硬さも、畑の竹ぼうきほどの大きさも要らない。
それでも掃く動作そのものは同じで、机の上を一度払ってから仕事を始めると、頭の中も少し整理される気がする。
掃くことは、区切りをつけることだった
板場では一日の終わりに、畑では一つの作業の終わりに、ほうきを使っていた。
トラックでは道具がなくても、出発前に荷台を見回す時間だけは残っていた。
硬さも大きさも違う三本のほうきに共通していたのは、ゴミを集める道具である前に、区切りをつけるための道具だったということだ。
たわしのことで書いた「力の加減を見極める道具」とは逆に、ほうきは力を入れず、ただ区切りをつけるためだけの動きだったのだと、僕は思う。
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