焚き火で竹が爆ぜる理由|竹のこと。板場では包むもの、畑では増えすぎて困るものだった
丸のまま焚き火にくべたら、大きな音がして竹が割れた。
板場では包むもの、畑では困るものだった。
焚き火に、拾った竹をそのまま放り込んだことがある。
しばらくして、大きな音が一度、また一度と鳴った。
薪がはぜる音とは明らかに違う、破裂に近い音だった。
慌てて火から離れて、しばらく様子を見ていた。
竹が爆ぜる理由
あとで調べて分かったのは、丸のまま燃やしたのがそもそもの間違いだったということだった。
竹には節があって、節と節のあいだは空気が閉じ込められた小部屋になっている。
熱を受けるとその空気が膨らみ、逃げ場を失って竹の壁を内側から押し広げる。
耐えきれなくなったところで一気に破裂する、というのが正体だった。
対策は単純で、くべる前に割っておけばいい。
空気の逃げ道さえあれば、破裂するほどの圧はたまらない。
煤や黒煙が出やすいこと、火持ちがよくないわりに瞬間の火力だけは強いことも、あとから知った。
道の駅の左義長(どんど焼き)で竹が景気よく鳴っているのは、あれは狙って割らずに入れているからだと、今なら分かる。
畑では、竹は増えすぎて困るものだった
板場に出る前、畑を手伝っていたころ、竹はまったく違う顔をしていた。
厄介者、という一言に尽きる。
竹は地下茎で増える植物で、切っても切っても地面の下から新しい芽が出てくる。
隣の山が手入れをやめると、数年で畑の際まで竹が迫ってくる。
木ならそこまで気にしないのに、竹だけは見つけ次第、根から掘り起こす。
理由を聞いたら、「木は待ってくれるが、竹は待ってくれない」と言われた。
伸びる速さが違いすぎて、後回しにした年だけ余計に手間が増える。
いま各地で言われている放置竹林の広がりも、根っこは同じ話だと思う。
誰かが定期的に手を入れ続けないと、竹はあっという間に境界線を越えてくる。
板場では、竹は包むものだった
板場での竹は、また別の顔をしていた。
笹の葉で刺身の下に敷いたり、竹の皮でおにぎりを包んだりする。
プラスチックのラップと違って、竹の皮は水気を通しながら香りも移す。
包んだものが傷みにくいと教わったが、これは自分で検証したわけではなく、先輩から受け継いだ知恵として書いておく。
巻き簾(すだれ)で海苔巻きを締めるのも、考えてみれば細く割った竹を糸でつないだだけの道具だった。
包丁を持つ前は気にも留めなかった道具が、竹だったと知ってから急に目につくようになった。
長距離では、竹は涼をとる道具だった
長距離を走っていたころ、夏になると竹を編んだ座布団をシートに敷いている運転手をよく見かけた。
自分でも一枚買って使っていた。
布のクッションだと汗をかいたところが張り付くが、竹はさらりとしていて、長時間座っていても背中が蒸れにくい。
エアコンをつけっぱなしにできない休憩中の車内では、地味だがありがたい道具だった。
いまの車にはもう置いていないけれど、蒸し暑い日にシートに座ると、たまにあの座布団のことを思い出す。
板場では大事に扱われ、畑では見つけ次第掘り起こされる。
同じ竹なのに、置かれた場所によって役に立つものにも厄介者にもなる。
焚き火で音を立てて割れたときも、竹自身は何も変わっていなくて、僕がただ割らずにくべただけだった。
石が熱で割れる前に書いた回と、理屈としては近い話だと思う。
中に閉じ込められたものが行き場を失うと、たいてい竹も石も同じように壊れる。