登りより下りのほうが怖い、と教わった。坂の話をすると、だいたい全部そこに戻る
重い荷物を積んで峠を越えていた頃、先輩に言われたことがある。
坂は登るより下りるほうが難しい、と。
散歩の道を、去年から少し変えた。
家の前の坂を登らずに、遠回りして平らな道から公園に入るようにした。
理由は単純で、うちのわんこが坂の途中で止まるようになったからだ。
止まっても待てばいいだけの話なのに、なぜか僕のほうが落ち着かない。
登りより、下りのほうが難しい
長い距離を走る仕事をしていた頃、先輩に言われたことがある。
坂は登るほうが楽だ、と。
登りはエンジンが苦しいだけで、こちらは踏むか踏まないかを決めればいい。
本当に気を使うのは下りのほうだった。
重い荷物を積んだ車は、下り坂で勝手に速くなる。
そこでブレーキを踏み続けると、効きがだんだん甘くなる。
だから低いギアに入れて、エンジンそのものに車を抑えさせる。
これは技術というより順番の話で、坂に入る前に決めておかないと間に合わない。
入ってから考え始めた人が、たいてい怖い思いをする。
この「入る前に決めておく」という感覚は、いまでも抜けない。
キャンプ場に着いて、傾いた場所しか空いていない日がある。
車を停める向きを決めるとき、僕は必ず頭を高いほうに向ける。
寝るときに血が頭に下りてこないほうがいい、というだけの理由なのに、決めておくと夜がずいぶん楽になる。
坂の下に住む人は、坂を数えている
農作業をしていた頃に気づいたことがある。
畑がある土地の人は、道を距離で言わない。
「あの坂を二つ越えたところ」という言い方をする。
平らな道が何キロあっても、そこは数に入っていない。
荷物を担いで歩けば、体が覚えているのは登った回数のほうだ。
坂は距離ではなくて回数で記憶される。
地図の上では同じ二キロでも、坂が二つあるかないかで、その道はまったく別の道になる。
これは歩く人にも当てはまる。
観光地の案内に「徒歩十分」と書いてあっても、その十分に坂が含まれているかどうかは書かれていない。
書いておいてほしい、と思うことがときどきある。
登れなくなる日は、思ったより早く来る
うちのわんこは十二歳になった。
去年までは、あの坂を先に立って登っていた。
いまは半分あたりで振り返って、こちらを見る。
疲れたのか、行きたくないのか、僕には分からない。
抱き上げれば済む話ではあるけれど、そこはできるだけ我慢している。
自分の足で歩ける距離は、歩けるうちに歩いたほうがいいと思っているからだ。
そのかわり、帰りだけは抱えることにした。
下りのほうが足腰に来るのは、車と同じらしい。
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坂の途中で立ち止まる
先輩に言われたことを、いまごろになって別の意味で思い出す。
登りは苦しいけれど、進んでいることは自分で分かる。
下りは楽なぶん、どこまで来てしまったのかが分かりにくい。
年をとるというのは、たぶん下り坂のほうに近い。
気づいたときには思ったより速くなっていて、そこから止まるのに時間がかかる。
だから途中で一度立ち止まって、いまどのあたりかを確かめるくらいでちょうどいい。
坂の途中で振り返るあの顔は、もしかしたらそれを教えてくれているのかもしれない。
そう思うようにしてから、遠回りの道もそれほど悪くなくなった。


