ダッシュボードの上に、いつも一枚だけ置いていた
荷物を減らそうとすると、最後まで減らせないものがいくつか残る。
僕の場合は、たたんだ布が一枚。
道具の顔をしていないから、たぶん誰の装備リストにも載っていない。
出かける前の晩に、床へ荷物を全部広げて眺める癖がある。
積む前にひとつでも減らしておきたいからだ。
ランタンは一つでいい、椅子は本当に要るのか、と順に問い詰めていく。
そうやって削っていって、毎回そこに残っているものがある。
たたんだ布が、何枚か。
一枚の布は、一枚では終わらない
長い距離を走る仕事をしていた頃、ダッシュボードの右端に手ぬぐいを一枚たたんで置いていた。
置き場所は決まっていて、手を伸ばせば見なくても届く。
夏はまず汗を拭く。
そのあと首の後ろに掛けて、日が回ってきたら窓とのあいだに垂らして光を切る。
熱くなった蓋を開けるときにも使うし、こぼしたコーヒーを拭くのもこれだった。
一日のうちに、五回も六回も手が伸びる。
数えてみて驚いたのは、いちばん出番が多い道具が、いちばん安いものだったことだ。
千円もしない。
壊れないし、失くしても惜しくない。
それなのに、無いと一日じゅう困る。
乾くかどうかは、薄さで決まっていた
最初はタオルを積んでいた。
そのほうがよく吸うと思っていたからだ。
たしかによく吸う。
ただ、乾かない。
夜のうちに掛けておいても、翌朝まだ湿っている。
二日目には、湿ったまま畳まれた布のあの匂いがしてくる。
車の中は風が通らないから、なおさら悪い。
手ぬぐいに替えてから、その悩みが消えた。
薄いぶん吸う量は少ないけれど、絞って掛けておけば朝には乾いている。
端が縫われずに切りっぱなしになっているのも、そこに糸が溜まると乾きが遅くなるからだと後で知った。
吸う力ではなく、乾く速さで選ぶ。
外で使うものは、たいていこの順番が正しい。
水を取る布と、体を拭く布は別だった
とはいえ手ぬぐい一枚では足りない場面もある。
洗った食器、雨に濡れたテーブル、朝の窓の内側にびっしり付いた水。
こういうものを相手にすると、薄い一枚はすぐ限界がくる。
そこで速乾のものを一枚だけ足した。
絞ればまた吸うので、同じ布で最後までいける。
ただ、肌に当てると少しざらつくので、体を拭くのには使わない。
水を取る布と、自分を拭く布を分ける。
それだけのことで、どちらも長持ちするようになった。
兼用にしていた頃は、片方の都合でもう片方が傷んでいたのだと思う。
大きい一枚は、拭くためだけのものじゃない
もう一枚、大きいのを積むようになったのは最近のことだ。
夏の夜、寝袋を出すほどではないのに、腹だけが冷える日がある。
あれが妙に眠りを浅くする。
大判のガーゼを一枚掛けておくと、それだけで朝まで起きない。
昼は膝に掛けているし、日差しが強ければ肩に回す。
夕方に芝生へ座るときは、そのまま敷いてしまう。
用途が決まっていない布は、決まっていないぶんだけよく働く。
何にでもなれるものを一枚、というのは荷物を減らすときのいちばん確かなやり方だと思う。
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最後まで、数えられないもの
装備の話をするとき、テントや火や灯りの話にはなる。
布の話にはならない。
値段が安いし、並べても写真にならないからだと思う。
けれど一日のうちでいちばん手に取っているのは、たぶんこれだ。
よりみちの途中でいちばん働いているものが、いちばん語られない。
そういうものが、暮らしのほうにもいくつかある気がする。
今夜も一枚、たたんでいちばん上に載せておく。