土を握ると、水の加減が分かる。畑をやめた今も、手のほうが先に動く
キャンプ場に着くと、荷物を下ろすより先に地面をつま先で踏んでいる。
誰に教わったわけでもない。
畑をやっていた頃の癖が、そのまま残っているだけだ。
キャンプ場に着いて車を停めると、僕は荷物を下ろすより先に、地面をつま先で踏んでいる。
数歩あるいて、しゃがんで、土をひとつかみ握る。
誰かに教わった作法ではない。
畑をやっていた頃の癖が、そのまま残っているだけだ。
握って、離して、押す
土の状態を見るのに道具はいらない、と最初に教わった。
ひとつかみ手に取って、ぎゅっと握る。
手を開いたときに形が残っていて、指でつつくとほろりと崩れる。
それが、水の加減としてはちょうどいいところだった。
握っても形にならず、さらさらと指の間から落ちていくなら乾きすぎ。
押しても崩れず、粘土みたいにそのまま残るなら水が多すぎ。
数字にすれば何パーセントという話なのだろうけれど、僕はその数字を一度も見たことがない。
見るより、握るほうが早かったからだ。
朝いちばんに畑へ出て、まず握る。
それで、その日に水をやるかどうかが決まる。
天気予報を見るより確かだった。
予報は空の話で、握るのは足元の話だから、答えが違って当たり前だと思う。
土は、場所ごとに顔が違う
畑を離れてから気づいたことがある。
土は、場所が変われば色も匂いも重さも変わる。
黒くてふかふかしているところもあれば、赤くて締まっているところもある。
同じ県のなかでも、川に近いか山に近いかで手ざわりが違う。
雨あがりに立ちのぼるあの匂いも、どこでも同じだと思っていた。
よく嗅いでみると、少しずつ違う。
濃いところと、薄いところがある。
鼻のほうは、手ほど正直に説明してくれないけれど。
走る仕事をしていた頃、日本のあちこちで車を降りた。
そのたびに足の裏の感触が違うことには気づいていた。
ただ、あのときはそれを土だと思っていなかった。
ただの地面だと思っていた。
いま考えると、ずいぶんもったいないことをしていた。
ペグの入り方で、その晩の落ち着きが決まる
テントを張るとき、僕がまずやるのは試しに一本だけペグを打ってみることだ。
すっと入るか、途中で止まるか、手ごたえがないまま奥まで入ってしまうか。
これで、その晩の張り方が決まる。
途中でカツンと止まるのは、石が混じった硬い土だ。
こういうところでは、細くて丈夫なもの、いわゆる鍛造のペグでないと話にならない。
薄い板を曲げたようなペグは、曲がるか刺さらないかのどちらかになる。
無理に叩くと、ペグより先に自分の手首のほうが痛くなる。
すっと入って、引っぱるとしっかり効くのが芝や普通の土。
このときはペグそのものより、まっすぐ深く打てるかのほうが効いてくる。
石ころで叩いていた頃は斜めに入ってばかりだった。
ハンマーを一本持つようになってから、張り綱の張り具合が安定した。
道具を増やすのは負けだと思っていた時期があったけれど、あれはただの意地だった。
いちばん怖いのは、手ごたえがないまま奥まで入ってしまう土だ。
砂地や、雨をたっぷり吸ったやわらかい土がこれになる。
刺さっているのに、風が来るとすっと抜ける。
こういうところでは、長さと面積のあるペグに替えるか、そもそも張り方のほうを変える。
抜けるのはたいてい夜中で、たいてい雨が降っている。
手で確かめる、という古い方法
いまは土の水分を測る道具も売っている。
畑をやっている人が挿しているのを見たこともある。
便利だと思う。
それでも僕は、しゃがんでひとつかみ握るほうを選んでしまう。
早いし、手袋を外す口実にもなる。
土に触れると、その場所がどれくらい雨を受けて、どれくらい乾いたのかが伝わってくる気がする。
気がする、という程度の話だ。
数字にできないことを、いつまでも手のほうが覚えている。
地面は、どこも同じ地面ではない。
畑をやめて何年も経つのに、僕はいまでもキャンプ場でしゃがんで土を握っている。
その晩よく眠れるかどうかは、たぶんそこで半分決まっている。
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