2026.09.15 泊まれる場所4,223 立ち寄りスポット46,522 営業中を確認したキャンプ場1,005 note を読む

箸の持ち方を直されたのは、二十歳を過ぎてからだった

毎日使っているのに、選んだ覚えのない道具がある。
僕にとって箸は、ずっとそういうものだった。

車のドアポケットに、箸を一膳入れている。
人に見つかると、たいてい少し笑われる。
そんなに気にするものかと言われるけれど、僕はたぶん、気にするようになった側の人間だと思う。

持ち方を直されたのは、二十歳を過ぎてからだった

寿司屋の板場に入って最初に言われたのは、包丁のことではなく箸のことだった。
握り方が悪いとは言われなかった。
薬指が浮いている、と言われた。

最初は何を注意されているのか分からなかった。
ご飯なら普通に食べられていたし、それで困ったことは一度もなかったから。

ところが、盛り付けに使う長い箸を持たされて分かった。
薄く引いた刺身を持ち上げると、先が合わずに身が落ちる。
崩れるのは魚のせいではなく、僕の指のせいだった。

直すのに半年かかった。
食べるぶんには何の不自由もなかった持ち方が、一枚の刺身の前では使いものにならない。
道具というのは、要求されてはじめて自分の癖を教えてくれるものらしい。

見るところが、長さから先端に変わった

それからは、箸を見る目が変わった。
見るのは長さでも塗りでもなくて、先のほうだ。

先が太いと、豆腐は割れるし、刺身は滑る。
細ければいいというものでもなくて、細すぎるものは大きいものを持ち上げたときにたわむ。
角のあるものは滑りにくい。
八角や六角に削ってあるのは、見た目の話ではなく握りの話だと思っている。

割り箸でも、いいものは先がちゃんと細くなっている。
コンビニでもらう箸は、たいてい先まで四角いままだ。
あれで冷奴を食べようとして、鉢の中で崩したことが何度もある。

車に一膳、積むようになったわけ

長距離を走っていたころ、食事はほとんど車の中だった。
パーキングで買って、運転席で食べる。
箸はもらったものを使って、そのまま捨てる。
それを何年もくり返していた。

ある晩、袋を開けたら箸が入っていなかった。
夜中の二時で、まわりに開いている店もない。
けっきょく指で食べた。
あの気まずさは、いまでもよく覚えている。

翌週、ホームセンターで携帯用の箸を買った。
ケースに入って、二つに分かれるやつだ。
それ以来ずっと、車には一膳ある。

畑に出るようになってからも、それは変わらなかった。
弁当を持って出て、あぜに座って食べる。
土のついた手で割り箸を割るより、洗って持ってきた自分の箸のほうが、なぜか気持ちがいい。

手入れらしい手入れは、していない

使ったら洗って、拭いて、立てて乾かす。
やっているのはそれだけだ。

気をつけているのは、塗ってある箸を熱い湯に長く沈めないことくらい。
塗りは思ったより熱に弱くて、白く曇る。
竹や木のものは、乾かないうちにケースへ戻すと匂う。
これは何度か失敗した。

何年か使っていると、先が丸くなってくる。
そうなったら替えどきだと思っている。
持ち方は直せるけれど、減った先は戻らない。

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箸は、道具のなかでいちばん手に近いところにある。
持ち方を直されたときは、ずいぶん細かいことを言う人だと思った。

いまは、あれが箸の話ではなかったのだと分かる。
毎日、何百回もくり返す動きの形を、誰かが一度だけ直してくれた。
それだけのことが、二十年たっても手に残っている。

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