2026.09.15 泊まれる場所4,223 立ち寄りスポット46,522 営業中を確認したキャンプ場1,005 note を読む

氷は買うものじゃなくて、扱うものだった。寿司屋で最初に教わったのがそれだ

夏になると、氷のことばかり考えていた時期がある。
あれは冷やすためだけの道具ではなかった。

夏の朝、コンビニで氷の袋を買った。
レジ袋の中で角がぶつかる音がして、それだけで少し涼しくなった気がする。

氷を買うという行為に、僕はいまだに慣れない。
ずいぶん長いあいだ、氷は買うものではなく、扱うものだったからだ。

最初に教わったのが、氷の置き方だった

寿司の店で働きはじめて、包丁より先に触ったのが氷だった。
ネタを冷やすための氷は、ただ敷けばいいというものではない。

大きいまま置けば長持ちするけれど、当たったところだけが凍って身が白くなる。
細かく砕けば全体を均一に冷やせるかわりに、早く溶けて水が出る。
水が出れば味が抜ける。

だから砕き方は、その日の気温と、仕込みの量と、次に手をつけるまでの時間から決めていた。
言われた言い方は、いまでも覚えている。
氷は冷やすためじゃなくて、温度を保つために置くんだ、と。
冷やすのは冷蔵庫の仕事で、氷の仕事はそこから先だという理屈だった。

においを吸う、という厄介なところ

もうひとつ厳しく言われたのが、においの話だ。

氷はにおいを吸う。
冷凍庫に入れっぱなしにした氷は、そこにあるもの全部のにおいをうっすら持っている。
口に入れる氷と、冷やすための氷を同じ場所に置いてはいけない。

当時はずいぶん面倒な決まりだと思っていた。
いまは自分の家の製氷皿でそれを実感している。
作り置きの氷を麦茶に入れると、ときどき冷凍庫の味がするのだ。

トラックでは、氷はごちそうだった

長い距離を走る仕事に移ってから、氷との付き合い方が変わった。
扱う対象ではなくなって、もらうものになった。

真夏の午後、サービスエリアの自販機で氷の入ったカップを買う。
中身より先に、カップの中でカラカラ鳴る音を確かめていた。
あの音が鳴らない日は、なんとなく損をした気になる。

運転席というのは、思っているより暑くなる。
日差しがずっと同じ場所に当たり続けるから、腕の片側だけが焼ける。
そういう日は氷をひとつだけ口に入れて、溶けるまで喋らない。
何時間も一人でいる仕事だから、あれが休憩の合図みたいなものだった。

いまは、溶けるまでの時間を数えている

クルマで出かけるようになって、氷はまた別の顔をしている。

クーラーボックスに入れた氷が、二日目の朝にどれくらい残っているか。
それでその旅の食事の組み立てが決まる。
残っていれば魚を買って帰れるし、溶けていればその日のうちに食べきるものだけにする。

面白いのは、寿司屋で教わったことがそのまま効くところだ。
大きい塊は長持ちする。砕いたぶんは早く効く。
両方入れておいて、使い分ける。
二十年ちかく前に怒られながら覚えたことを、僕はいま遊びに使っている。

家では、夏のあいだだけ削る器械を出す。
同じ氷なのに、削り方が変わるだけで別の食べ物になるのが不思議でしかたない。

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氷のいいところは、必ず溶けることだと思っている。
置いておけば減るし、使わなくてもなくなる。
だから、いつ使うかを先に決めることになる。

夏の予定を立てるのが好きなのは、たぶんそのせいだ。
溶けきるまでのあいだに何をするか考えるのは、旅の計画にちょっと似ている。

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