三時に起きる仕事をやめて何年も経つのに、いまも四時前に目が覚める
目覚ましより先に目が開く。
体はまだ、昔の時間割のなかで動いているらしい。
夏になると、四時前に目が覚める。
目覚ましは六時にかけてあるのに、その二時間前にはもう天井を見ている。
誰にも頼まれていないし、起きたところで特にやることもない。
それでも体が勝手に起きてしまう。
あの時間に起きなくていい暮らしになって、もう何年も経つのに。
体を作り替えたのは、市場だった
寿司屋にいた頃は、夜が明ける前に家を出ていた。
仕入れに行く人について歩くだけの日もあったし、店に残って仕込みをする日もあった。
どちらにしても、起きる時刻だけは動かなかった。
最初の一年は毎朝きつかった。
布団から体を引き剥がすような感覚が、ずっと抜けなかった。
それがある時期を境に、目覚ましが鳴る前に目が開くようになる。
慣れたというより、体のほうが先に諦めたのだと思う。
面白いのは、休みの日も同じ時間に目が覚めたことだ。
せっかく寝ていられるのに、と何度も損した気分になった。
眠りというのは長さで決まるものだと思っていたけれど、たぶん違う。
起きる時刻が毎日おなじであること、それだけで体は組み変わる。
畑が早いのは、暑さから逃げているから
農業をしていた頃も朝は早かった。
ただ、これは日の出とともに働くという美しい話ではまったくない。
夏の畑は、九時を過ぎるとまともに動けなくなる。
だから明るくなる前に入って、いちばん暑くなる前に上がる。
面白いもので、日が長い季節ほど朝が早くなる。
六月と十二月では、起きる時刻が二時間近く違っていた。
太陽に合わせているようで、実際には太陽から逃げている。
このときの眠りは、市場の頃とは違って毎日じわじわ前へずれていく感じだった。
長距離のときは、まとめて眠れなかった
トラックに乗っていた頃が、いちばん体に悪かったと思う。
決められた時刻に着くために走るので、眠る時間を自分では選べない。
二時間、三時間の細切れを、パーキングで倒したシートの上で拾っていく。
この時期に覚えたのは、起きる時刻を守ることではなく、眠れるときに眠ることだった。
便利な能力ではある。
ただ、そのぶん体内時計はいちど壊れた。
明るさと音にやたら敏感になって、少しの光でも起きるようになったのもこの頃だ。
だから車には、いつも目を覆うものと耳をふさぐものを積んでいた。
いまは、起きても何もしないことにしている
いまの仕事は机の前だから、四時に起きる必要はどこにもない。
それでも起きてしまうので、起きたあと何もしないことにした。
窓を開けて、外の音を聞いている。
夏の四時はもう空が白い。
鳥の声と、遠くを走る車の音しかしない。
このあと一日が始まると分かっているのに、まだ誰も始めていない時間だ。
仕事に取りかかるのは結局いつもと同じ時刻で、この二時間は使わない時間として置いてある。
もったいないと言われることもあるけれど、使い道を決めたとたんにつまらなくなる気がしている。
昼に眠らないといけなかった時期に効いたのは、暗くすることと音を切ることだった。
いま家で使っているものも、選び方はあの頃とほとんど変わっていない。
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眠りは、いちばん最後まで残る
仕事はいくつも変わって、道具はほとんど残っていない。
包丁も長靴も手放したし、あの頃の服も一枚もない。
覚えているつもりの光景も、たぶん少しずつ形を変えている。
それなのに、起きる時刻だけが体に残っている。
記憶は薄れるのに、眠りの癖は薄れない。
むしろ暮らしが変わるほど、そこだけが古いまま座っているように見える。
四時に目を開けるたび、まだあの頃の続きにいるような気になる。
悪くない気分だ。
忘れたつもりのものを、体のほうが預かっていてくれたのだと思う。