2026.09.15 泊まれる場所4,223 立ち寄りスポット46,522 営業中を確認したキャンプ場1,005 note を読む

エアコンを止めた部屋で、扇子を出した。風は自分でつくれる

四つの仕事をしてきて、そのどれにも風があった。
あおぐ風、待つ風、走る風。全部ちがう風だった。

夜、仕事が終わってエアコンを止めると、部屋の空気がすぐに止まる。
暑いというより、動かないのが気持ち悪い。
引き出しの奥から扇子を出して、二、三度あおいだら、それだけで落ち着いた。

考えてみると、僕がしてきた仕事にはどれも風があった。
風のことなんて意識したこともなかったのに、思い出そうとすると、風のほうから戻ってくる。

酢飯をあおいでいた頃

寿司屋に入って最初に持たされたのは包丁ではなくて、うちわだった。
炊き上がった米に酢を合わせて、切るように混ぜながら、片手であおぐ。
熱を飛ばして表面の水気を切ると、米の粒が立って艶が出る。

強くあおげばいいというものでもない。
風が強すぎると表面だけ乾いて、中は熱いままになる。
混ぜる手と風を合わせるのがどうしてもできなくて、しばらくは怒られてばかりいた。

あのうちわは、涼むための道具ではなかった。
風を「使う」道具だった。
いまでも竹のうちわを手に取ると、あの湿った熱と酢の匂いが先に戻ってくる。

畑の風は、向きで仕事が変わる

農業をやっていた頃は、朝いちばんに風を見ていた。
見ると言っても、旗があるわけではない。
草の傾きと、頬に当たる感じで、今日はどっちから吹いているかを掴む。

風の向きで、その日にやれることが変わる。
薬を撒く日は特にそうで、風が強ければやめる。
逆に、風がまったく無い日の畑は暑さが足元にたまって、いちばんきつい。

風がないと病気が出やすい、とも言われた。
葉と葉のあいだに湿気が残るからだ。
だから畝の向きも、株の間隔も、風が抜けるかどうかで決まっている。
畑というのは、風の通り道を人が作っているようなものだと思う。

夜の高速で、窓を五センチだけ開ける

長距離を走っていた頃は、眠くなると窓を少しだけ開けた。
全開にすると音がうるさくて、かえって疲れる。
五センチくらいがちょうどよくて、そこから入ってくる空気で目が覚める。

面白いのは、入ってくる風が土地ごとに違うことだ。
山を抜けているときは冷たくて濡れていて、海沿いは少し重い。
街に近づくと、風の温度が上がって匂いも変わる。
眠気覚ましのつもりで開けた窓から、その土地の夜が入ってきていた。

焚き火の前で、また風をつくっている

いまは焚き火の前でうちわを振っている。
火が小さくなったとき、下のほうへ横から風を送ると、また赤くなる。
上から強くあおぐと灰が舞うだけで、火は育たない。
あれも酢飯と同じで、強さより向きなのだと思う。

そういえば、風鈴を軒に吊るしたのも今年からだ。
鳴ったときにだけ、いま風が動いたと分かる。
見えないものを音にして知らせてくれる道具というのは、よく考えるとずいぶん贅沢だ。

エアコンの風は、強くても心が涼しくならない。
手であおいだ風のほうが、量はずっと少ないのに、涼しく感じるのはなぜなのだろう。
自分で起こしたぶんだけ、体がちゃんと受け取っているのかもしれない。

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今日も暑くなるらしい。
エアコンは点けるけれど、夜になったら止めて、また扇子を出そうと思う。
風は、待つよりつくったほうが早い日もある。

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