スマホがあるのに、手首に時計を戻した
時間を見るだけのつもりが、毎回そうならなかった。
針の時計に戻したら、一日の輪郭が少しはっきりした。
何年か、腕時計をしていなかった。
スマホを開けば時間は出る。
同じものを二つ持ち歩く意味がない、と思っていた。
それが去年あたりから、また手首に着けている。
理由はひとつで、時間を見るだけのつもりが、毎回そうならなかったからだ。
時間を見にいくと、時間以外が目に入る
スマホで時刻を確かめる。
画面には知らせが並んでいる。
ひとつ開くと返事を考えはじめて、気づくと十分たっている。
これは自分の意志が弱いからだと長いこと思っていたけれど、たぶん違う。
時間を見る動作と、連絡を見る動作が、同じ場所に置いてあるのがいけない。
腕時計は時間しか教えてくれない。
見て、腕を下ろす。
それで終わる。
終われることが、思っていたよりずっと大きかった。
針は「あと何分」を形で見せてくれる
数字の表示だと、読んでから引き算をする。
十七時四十二分、集合は十八時、だから十八分。
針だと、その計算がいらない。
残っている角度が、そのまま残り時間に見える。
四分の一ぶん空いている、くらいの粗さで足りる場面のほうが、日常には多い。
外にいるときは特にそうだ。
焚き火の前で「あと三十分は明るいな」と思うのに、正確な分数はいらない。
空の色と針の角度がだいたい合っていれば、それでいい。
時間は守るものから、区切るものになった
トラックで走っていた頃、時間はひたすら守るものだった。
着く時刻が決まっていて、それに間に合うかどうかで一日の良し悪しが決まる。
あの頃いちばん見ていたのは、時計というより残りの距離だった気がする。
いまは締切こそあるけれど、分単位で追われてはいない。
それでも時計を着けているのは、時間を守るためではなく、区切るためだと思う。
ここまででいったんやめる、という線を引くのに使っている。
選ぶときに見るところも変わった。
高いものでなくていい。
文字盤が読みやすいこと、濡れても平気なこと、電池をあまり気にしなくていいこと。
外で使っていると、この三つに落ち着く。
時間を確かめるだけの道具に、機能を足す必要はなかった。
足せば足すほど、またスマホと同じことになる。
手首に戻したのは、機能を減らすためだったのかもしれない。
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