水の味が土地ごとに違うと知ったのは、走る仕事をしていた頃だった
自販機の前を通り過ぎて、水道の蛇口をひねる癖がついている。
あの一口で、いま自分がどこにいるのか分かる気がした話。
休憩所に着いて最初にすることは、たいてい顔を洗うことだった。
そのついでに、手で受けて一口飲む。
癖になったのは、長い距離を走る仕事をしていた頃だと思う。
ある日ふと、これは前の休憩所の水とは違う味だな、と気づいた。
同じ水道の水が、場所によって別のものになる
水の味を決めているのは、そこに溶けているものの量だと言われている。
カルシウムやマグネシウムが多いと重たく感じて、少ないと軽く、丸く感じる。
硬い水、柔らかい水という言い方をするのは、そのことらしい。
日本の水道水は全体としては柔らかいほうに寄っているけれど、地域差はある。
関東の内陸のほうで飲んだ水は、たしかに口の中に何か残る感じがあった。
山を越えて日本海側に降りたときの水は、逆に何も残らなかった。
詳しい理屈を知らなかった頃も、体のほうは分かっていたのだと思う。
旨いと感じる水は決まっていて、それは走った距離と結びついて覚えていた。
雨が降って、地面に染みて、岩の層を通ってくる。
その通り道の長さと、通ってきた石の種類が、蛇口の先で味になる。
そう考えると、水を飲むというのはずいぶん遠くから届いたものを受け取る行為だ。
持っていく水と、そこで汲む水
いまは車に水を積んでいく。
家の水をボトルに入れて、足りなくなったら現地で足す。
飲むぶんだけなら、家から持ったものでいい。
困るのは煮炊きに使うときだ。
米を炊くと、水の違いがはっきり出る。
同じ米、同じ火加減で、水だけ変えると味が変わる。
柔らかい水のほうが米は甘く炊けると言われていて、僕の感覚もそちらに寄っている。
汁物は逆に、少し重たい水のほうが出汁が立って感じることがある。
このあたりは僕の勘の話で、根拠を示せるものではない。
ただ、水を変えるだけで料理が変わるという体験は、一度やってみると忘れない。
現地の水を飲むときは、飲めるものかどうかをまず見る。
湧き水には飲用に適さないと札が立っていることがあって、あれは本当に守ったほうがいい。
書いていなければ、火を通して使う。
冷たいままでいてくれるかどうか
夏になると、水の味の話の前に温度の話になってしまう。
ぬるい水は、どこの水でも同じ顔になる。
だから僕は、味を覚えるためにも冷たさを保つ入れ物に頼っている。
朝に入れた水が夕方まで冷えていると、その土地の水を夕方にもう一度確かめられる。
使っているのは真空の二重構造になっているものだ。
口の広いものは洗いやすくて、細いものは冷たさが長持ちする。
買ったペットボトルをそのまま差し込んで冷やしておく道具もあって、これは荷物を増やさずに済むので便利だった。
水を持ち歩くのは、荷物としては重い。
一リットルでちょうど一キロで、二本積めば二キロ増える。
それでも、着いた先で蛇口を探さなくていい安心のほうが大きい。
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水は、たいていの場所で無料でもらえる。
そのせいでずっと気にしないまま生きてきたけれど、無料のものにも味の違いはあった。
知らない土地に着いたら、まず一口飲んでみる。
それだけで、ここは前に来たところとは違う場所なんだと、体のほうが先に納得してくれる。