紙の地図を広げると、目的地じゃないところばかり見てしまう

ナビは、着くための道を教えてくれる。
紙のほうは、着かなくていい道まで見せてくる。

助手席の足元に、いつからか地図を積むようになった。
使うのは月に一度あるかどうかで、ほとんどは載せているだけだ。

ナビがあるので、それで困ることはない。
それでも降ろさないのは、あれを広げているときだけ、行き先と関係のないものが目に入ってくるからだと思う。

ナビは線を引く。紙は面で見せてくる

目的地を入れると、ナビは細い線を一本引いてくれる。
その線の外側に何があるのかは、画面のどこにも出てこない。

紙のほうは逆で、まず面が目に入る。
引きたい線の周りに、湖があり、峠があり、名前だけ知っている町がある。
「ここ、そんなに近かったのか」と気づくのは、たいていこの瞬間だ。

予定を変えるのは、決まってそういうときだった。
画面の中の最短経路を眺めていて寄り道を思いつくことは、僕にはあまりない。

開き癖のついたページばかり開く

何年か使っていると、勝手に開くページが決まってくる。
僕のは中部の山あいのあたりで、そこだけ紙が柔らかくなっている。

端に鉛筆で丸をつけたところもある。
あの温泉は道が細かった、とか、この道の駅は夜が静かだった、とか。
自分で書いたのに次に開くころには半分忘れていて、読み返して思い出す。

同じことはスマホの履歴にも残っているはずなのに、あれをさかのぼって見返したことは一度もない。
書いた場所ごと残るかどうかで、こんなに違うものかと思う。

電波が切れた日のこと

山の中で圏外になって、ナビの地図が真っ白になったことがある。
矢印だけが白い画面の上を進んでいて、自分がどこにいるのか分からなくなった。

そのとき足元から引っぱり出したのが、載せているだけだった紙のほうだ。
道の形と川の位置を見比べて、たぶんここだろうと当たりをつけて走った。
結果として一時間ほど遠回りしたのだけれど、あの一時間のことはやけによく覚えている。

便利なものを手放したいわけではない。
ただ、たまに広げると、行き先を決める前の時間が少しだけ長くなる。
そのぶんだけ、旅が旅らしくなる気がしている。

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